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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)36号 判決

原告 長谷川槇蔵

被告 川合義孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十九年抗告審判第一六一三号実用新案権利範囲確認抗告審判事件につき昭和三十年六月三十日にした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

(一)  被告は昭和二十八年十二月二十八日に原告を相手方として特許庁に対し(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドが登録第四〇六九二五号実用新案権の範囲に属する旨の権利範囲確認審判の請求をしたところ、昭和二十九年六月十九日に請求人の申立は成り立たない旨の審決がなされ、之に対し被告は同年八月七日抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十九年抗告審判第一六一三号事件として審理された上、昭和三十年六月三十日に「原審決を破毀する。(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドは登録第四〇六九二五号実用新案の権利範囲に属する。審判及び抗告審判の費用は抗告審判被請求人の負担とする。」との審決がなされ、右審決書謄本は同年十月九日原告に送達された。

審決はその理由に於て「本件登録実用新案の考案要旨は硝子主体(1)の上面に断面略半円形長溝(3)′を凹成し之に蓋(2)の一端に形成した円杆(3)を嵌め該円杆(3)の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)′を以て押圧した下方屈曲部(5)″を主体(1)の底面に係合して成る硝子製インクスタンドの構造にあることが認められ、(イ)号図面及びその説明書に示す硝子製インクスタンドは硝子主体(1)の上面に略半円形の長溝(3)″を凹設し之に蓋(2)の一端に形成した円杆(3)′を嵌め該円杆(3)′の中央欠除部に弾性金属片(5)の上端部を蝶番結合し、その下方屈曲部(5)′を主体(1)の底面に係合しそのような構成を硝子主体(1)に二つ設けた構造のものである。両者を対比すると硝子主体の上面に断面略半円形の長溝を設け之に蓋の一端に形成した円杆を嵌め別に弾性金属片の下方屈曲部を硝子主体の底面に係合し、その上方彎曲部を蓋の一端の円杆部に係合するようにした点で一致しているが、蓋と弾性金属片の上方屈曲部との係合構造に於て前者が単に円杆の中央上面を押圧しているのに対して、後者が之等を蝶番結合としており、即ち後者に於ては蓋に設けた円杆の軸孔と弾性金属片の上方端部を巻き込んで形成した中空部を通じて軸(4)を嵌めてある差異がある。前者に於てはこの点につきその登録請求の範囲の項中には円杆(3)の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)で押圧する旨記載されているが、その説明書添付の図面には(5)は円杆(3)の上面に沿つて断面円弧状に彎曲されている点から考えれば、弾性金属片は円杆(3)を単に下方に押圧しているものとは異り、円杆(3)を中心軸として蓋と弾性金属片とが恰も蝶がその羽根を開閉するように開閉の動作を行うものであることが明らかであるから、前者のこの部分の構造は広義の蝶番の構造と認めることができる。そして蝶番の部品として軸部が円杆(3)と一体のものであるか別体であるか、及び弾性金属片の上端部がその軸部又は円杆の上面に沿つて彎曲しているか或は軸部を完全に巻き込んでいるかの点は蝶番として細部の構造上の差異に止る。この観点に立つて考察すれば両者の蝶番構造の差異は硝子製インクスタンド全体の構造から見れば単なる構造上の微差に止まるものであつて全体として前者と後者とは類似している。」と言う趣旨を説いている。

(二)  然しながら右審決は次の理由により不当のものである。即ち本件登録第四〇六九二五号実用新案の考案要旨はその登録請求範囲の項に記載されたその構造により明らかな通り、イ、硝子製主体(1)の上面に断面略半円形の長溝(3)を凹陥形成したこと、ロ、蓋(2)の一端に円杆(3)を形成したこと、ハ、円杆(3)の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)で押圧したこと、ニ、該金属片の下方彎曲部(5)を主体(1)の底面に係合したこと、の四要素を有しており、その考案の目的換言すればその直接の効果は「本考案によると蓋(2)の一端に形成した円杆(3)を弾性金属片(5)の彎曲部(5)にて押圧して蝶番結合したので、蓋(2)を矢印Fの方向へ開くとき、蓋(2)は任意位置に於て停止し得ると共に蓋(2)及弾片(5)を任意取外し掃除に便利なる効果がある」のであることはその説明書の記載により明らかである。そこで本件登録実用新案において右の目的を達成する為に前記四要素が如何に作用し、如何に互に関連するかを考察すれば次の通りである。即ち、

A、蓋(2)を矢印Fの方向に開くとき蓋(2)は任意位置に停止するという効果をもたらす為には、蓋の蝶番部を普通一般の蝶番構造とせずに、特に蓋の一端に形成した円杆(3)を弾性金属片(5)の上端で単に仮着状に押圧したに止めたのである。蓋しこの仮着状の押圧手段のみでよく蓋(2)を任意位置に停止させる為には円杆(3)を蓋(2)と同体状とする必要があり、そして又弾性金属片(5)の彎曲部(5)′の押圧力を一定の位置で受ける為には、この円杆(3)を断面略半円形の長溝(3)′に嵌合する必要があるのであつて、従つて蓋(2)へ円杆(3)を同体状に形成すること及び長溝(3)′を設けることは、本件登録実用新案の必須要件である。

B、蓋(2)及び弾片(5)を任意取り外し掃除し得るという効果をもたらす為にも蓋の蝶着部を普通一般の蝶着構造としないのである。即ち先ず蓋(2)の一端に円杆(3)を蓋(2)と同体状に形成し、その円杆(3)の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)′を以て単に押圧しているに過ぎない。ここで留意すべきことは右弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)′が円杆(3)の上面だけを而も単に押圧しているに過ぎない事実と、この事が本件登録実用新案の考案要旨中の重要点に関することである。

以上の考察により本件登録実用新案の考案要旨は畢竟その登録請求の範囲の項に記載された各部の結合による全体的構造にあることが知れる。

次に本件確認の対象物たる(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドは後記検甲第一号証により明らかな通り蓋の一端に円管(3)′を形成し、その中央部に空所を設け、一方弾性金属片の上端を巻いて円管を形成し、之を蓋の中央空所へ嵌入し、之等円管を通じて細軸(4)を貫通し、いわゆる普通一般の蝶番構造とし、次に硝子製主体の上面に断面半円形の長溝(3)″を形成し、この長溝(3)″に蝶番軸部を嵌入し、且弾性金属片の下方部屈曲部を主体の底面に係合した構造のものである。

そこで本件登録実用新案と(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドとを比較すれば、(1)硝子製主体の上面に断面略半円形の長溝を有すること、(2)コ状の弾性金属片を有すること、(3)蓋に開閉作用をさせる軸部を長溝内に嵌入していること、の三点で両者は一致しているけれども、(4)前者において蓋と同体に形成した円杆(3)の上面を弾性金属片の上部彎曲部で単に押圧しているのに対し、後者では該部を普通一般の蝶番構造としており、従つて後者では弾性金属片の上端部を巻いて円管とし又蓋の一端を巻いて円管を形成し、且その中央部を空所とし、この部分に弾性金属片の上端の円管を嵌合し、各円管を通じて軸を挿入して蓋を開閉自在ならしめていると言う相違点がある。後者のこの蝶番構造はそれ自体の本質上開閉自在のものであつて、決して任意位置で起立するものではなく、開閉の途中で渋滞するようなことでは完全な蝶番とは言い難いのである。而して右の相違点は前者の目的及び作用効果から判断すれば極めて重要な点であることが明らかであり、この相違点あるが故に後者は全体として前者とその構造上全く相違しているのである。

然るに審決がその理由に於て、後者は「蓋(2)の一端に形成した円杆(3)′を嵌め、該円杆の中央欠除部に弾性金属片の上端部を蝶番結合し」たものとしているのは事実の認定を尽さないものであつて、即ち後者のインクスタンドでは蓋の一端を巻いて円管とし、その円管の中央に欠除部を設け、この欠除部に弾性金属片の上端を巻いた円管を嵌入し、この両円管を通じ細軸(4)を挿貫して蝶番結合したものであつて、この構造を省略して単に蝶番結合と言う字句で表わすことは本件の判断を第一歩から誤つたものであり、審決が「……円杆部に係合するようにした点に於て両者一致している」としたのは右の誤を犯したものである。尤も審決が右の後段の説明に於て「……円杆(3)中央上面を弾性金属片の上端彎曲部(5)′で押圧する旨記載されているが……弾性金属片は円杆を単に下方に押圧しているものと異り、恰も蝶がその羽根を開閉するように、開閉の動作を行うものであるから前者の此部分の構造は広義の蝶番の構造と認める」と説示しているけれども、之は単に開閉なる作用のみを捉えた判断であつて、蓋の開閉が任意位置で停止し得るようになつていること及び蓋と弾性金属片とを取り外し掃除し得るという特徴を全然無親したものである。

(三)  よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、

被告訴訟代理人は事実の答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

本件登録実用新案の考案要旨が原告主張通りの登録請求の範囲の項に記載された各部の結合に依る全体的構造にあることは認めるけれども、原告主張のように右全体的構造中蓋(2)を任意の位置で停止される点並びに蓋(2)及び弾片(5)を任意に取り外し掃除し得る点の二つの効果を奏する構造即ち蓋の一端に形成した円杆(3)を弾性金属片の上端彎曲部(5)′で押圧した構造のみが重要な構成要件であると解することは失当である。何となれば右のように解するには、その登録請求の範囲は「硝子主体の上面に断面略半円形長溝(3)′を凹設し之に蓋(2)の一端に形成した円杆(3)を嵌めて蓋を開閉し得る如くしたインクスタンドに於て蓋(2)の一端に形成した円杆の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)′を以て押圧した……インクスタンドの構造」と記載しなければならないのにそのように記載してはないからであつて、インクスタンドの硝子容器の上面に断面半円形長溝を凹設し、之に蓋の一端に形成した円杆を嵌合することは、右実用新案の登録出願前公知に属するものではないから、その考案要旨は前記登録請求の範囲に記載された全体の構造にあるものと解さなければならない。

次に本件登録実用新案と(イ)号図面及び説明書に示す考案との相違点として原告の主張するところ(原告のいわゆる(4)の相違点)も之を争う。即ち前者は(イ)硝子主体の上面に断面略半円形の長溝(3)′を凹設すること、(ロ)蓋の一端に円杆(3)を形成すること、(ハ)該円杆(3)を長溝(3)′に嵌合すること、(ニ)円杆の中央上面を弾性金属片の上端彎曲部(5)′で押圧し、下端屈曲部(5)″を硝子主体の底面で係合すること、以上(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の結合構造を要旨とするに対し、後者のインクスタンドは硝子主体の上面に断面略半円形の長溝(3)を凹設し、之に蓋の一端に形成した円杆(3)′を嵌合し、該円杆の中央欠除部に弾性金属片の上端部を軸(4)を以て蝶番結合し弾性金属片の下方屈曲部(5)′を硝子主体の底面に係合した構造を有するものである。よつて両者を比較するに前者が弾性金属片の上端彎曲部で円杆を押圧するに対し後者は円杆中央部の欠除部に弾性金属片の上部を軸(4)を以て蝶番結合した点で差異があるに過ぎず、その他の構造は全く一致しており、右相違点の中でも、前者は弾性金属片の上端彎曲部で円杆を押圧しているが、その図面にも示すように右彎曲部は円杆に沿つて半円状に曲げられ円杆を軸として蓋を開閉し得るのであるから、一種の蝶番結合とも見られるのであつて、従つてこの点でも両者は類似するものと言わなければならない。抑も(イ)号図面のインクスタンドにおける蝶番結合がインクスタンドの蓋の蝶番としての役目を果し得るのは硝子主体の上面に断面略半円形の長溝を設け、之に蓋の一端に形成した円杆を嵌合する構造及び弾性金属片の係合構造を利用するからであつて、円杆も弾性金属片もこの長溝を設けなければ役に立たないのである。又本件登録実用新案では蓋の位置を任意に停止させ得るに対し、(イ)号図面のものにおける蝶番構造はそれ自体開閉自在であつて蓋が決して任意の位置に起立するものでないとの原告の主張も理由のないものであつて、弾性金属片の上端彎曲部の折曲角度の如何によつては(イ)号図面のものも軸も押圧し、之に従つて円杆は長溝に押圧されるので蓋を任意の位置に停止させることができるし、之と反対に本件登録実用新案に於ても折り曲げる角度がゆるいときは蓋は任意の位置に停止しないようになるのである。尚原告主張の本件登録実用新案における蓋と弾性金属片とを分離して掃除に便ならしめてあると言う作用効果の点についても本件登録実用新案のものは単に蓋と弾片金属片とを掃除する為に分離し得るようにしたのではなく、硝子製主体から分離して全体を掃除し易くしたのであり、(イ)号図面のものも硝子製主体から分離して全体を掃除し易くさせ得るものであるから、作用効果に於ても両者は同一であると言うべく、唯後者の方は蝶番部分を分離し得ない為その部分の掃除が困難となるにすぎない。要するに両者の相違点は構造全体から見れば微差にすぎないものであつて、後者は前者に類似するものとしなければならない。

尚(イ)号図面のものに於ては必ずしも硝子主体の上面の長溝がなくても蝶番作動をすることが可能であつて、長溝があればそれにより一層確実に作動するに過ぎないとの後記原告の主張につき、(イ)号図面のものは現実には主体の上面に長溝を設けているのであるから必ずしも長溝を必要としないとか、之があれば一層確実に作動するに過ぎないとか言う右の主張は権利範囲確認審判の本質を理解しないものであつて失当である。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の主張に対し、

被告が本件登録実用新案に於てA、インクスタンド主体(1)の上面に断面略半円形の長溝を設けた点、及びB、弾性金属片(5)の下方屈曲部を主体(1)の底面に係合した点を重要点として主張していることに徴し、その円杆を弾性金属片の彎曲部で押圧して蝶番的作動させる為には主体上面の断面略半円形の長溝(3)′がなければ十分にその作用効果を発揮し得ないものと解すべきであるが、(イ)号図面のものでは蓋と弾性金属片とは一体的な蝶番結合となつて金属片の下部屈曲部で主体に係合されているから、必ずしも主体の上面に長溝がなくても蝶番作動をすることが可能であつて、長溝はもしあれば一層確実に作動する程度のものであるに過ぎないから、被告の主張は当を得ていない。又本件登録実用新案では蓋(2)と弾性金属片(5)とを分離して掃除に便ならしめてあり、この点でも(イ)号図面のものと効果を同一にしているとの被告の主張について、本件登録実用新案の説明書中に蓋(2)と弾片(5)とを任意に取り外すことができるから掃除を便宜に行うことができる旨記載してあるのは主体(1)から蓋(2)と弾片(5)とを取り外して掃除に便利ならしめると言うように効果を広義に解釈すべきでなく、主体(1)と蓋(2)と弾片(5)との三者が別々に分離し得て掃除に便利であると言う意味に解すべきであり、従つて蓋と金属片とが蝶着されて容易に分離できない(イ)号図面のものは被告主張のように本件登録実用新案のものと同一効果を有するものとすべきではない。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

本件登録実用新案は被告の出願に基ずき登録されたものであつたことは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一号証によれば、その考案要旨は「硝子製主体(1)の上面に断面略半円形の長溝(3)′を設け、之に蓋(2)の一端に形成した円杆(3)を嵌め、この円杆(3)の中央上面を弾性金属片(5)の上端彎曲部(5)′で前記長溝(3)′内に押圧し、長溝(3)′と相俟つて蓋(2)を円杆(3)を中心として開閉するようにし、弾性金属片(5)下方の屈曲部(5)″を主体(1)の底面に係合して成る硝子製インクスタンドの構造」にあることが認められ、又本件確認審判の対象物たる(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドは成立に争のない甲第一号証によれば、インク容槽二個を併設し且ペン軸置及びペン軸立等を一体に設けた硝子製主体(1)の各インク容槽の上面の一側に断面略半円形の長溝(3)″を設け、又各インク容槽の蓋(2)の一端の中央部を除いて同一中心の二個の中空円杆(3)′を形成し、この中空円杆(3)′の中央欠除部に弾性金属片(5)の上端部(3)を中空円杆として嵌合し、之等中空円杆に軸(4)を貫挿して蝶番結合し、弾性金属片(5)の弾性に依つて蝶番結合部の下半部を前記長溝(3)′内に押圧嵌入させ、弾性金属片(5)の下方屈曲部(5)′を主体(1)の底面に係合したものであることが認められ、以上の認定を左右するに足る何等の証拠も存しない。

よつて本件登録実用新案の要旨と(イ)号図面及びその説明書に示すものとを比較するに、両者は硝子製主体の上面に断面略半円形の長溝を設け、下部屈曲部を硝子製主体の底面に係合した弾性金属片の上端彎曲部で蓋の一端に設けた円杆を前記長溝内に押圧嵌入し、蓋を所定の位置で円杆を中心として開閉させるようにした硝子製インクスタンドである点で全く一致し、前者が蓋の一端に設けた円杆をその中央で弾性金属片の上端彎曲部で長溝内に押圧して蓋の円杆を長溝と彎曲部とで蝶番的に結合させたものであるに対し、後者は蓋の一端に中央を欠除して間隔を置いて二つに分けて中空円杆を設け、その中央欠除部に弾性金属片の上端筒状部を嵌入し、それ等を軸で貫挿して蝶番結合を形成させ、この蝶番結合部の下半部を弾性金属片の弾性で長溝内に嵌入させたものである点で相違しており、而してこの相異点は前者の蓋の一端に円杆を設けたに対し後者では蓋の一端に設けた中空円杆即ち円管を貫いて円軸を挿通した点と、前者において弾性金属片の上端彎曲部で円杆の上部を一部囲繞し他を長溝に任せたに対し後者においては弾性金属片の上端で軸の全周を囲繞し、之を長溝内に嵌入した点の差異に帰着するものと言わなければならない。而して之等はいずれも構造上の微差に過ぎないものと解されるから結局全体として両者は構造が相類似しているものと言わざるを得ない。

原告は(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドは本件登録実用新案の説明書に記載された作用効果なる蓋(2)を任意の位置に停止させ得ると言う点並びに蓋(2)及び弾性金属片(5)を任意取り外し得て掃除に便利であると言う点がないから、本件登録実用新案と類似していない旨主張するけれども、実用新案権は新規な型の工業的考案について与えられるものであつて、作用効果に対し与えられるものではないから、原告主張のように作用効果を基準として両者の類否を判断すべきでないばかりでなく、本件登録実用新案に於て蓋(2)を任意の位置に停止させ得るのは弾性金属片の押圧力による硝子主体の長溝部分と円杆との間及び円杆と弾性金属片との間の夫々その接触部分における摩擦によるものと解せられるところ(本件登録実用新案にこのような効果のあることは前記乙第一号証に照らし明らかである)、このような効果は前記摩擦の大小に依つてその成果が左右されるものであり、本件実用新案の考案要旨として、この摩擦の大きさが、この効果を達成すべき程度のものであるという明確な制限が加えてないのみでなく、又この摩擦の大小は弾性金属片の弾性の程度、その曲げ方如何その他にも影響されるので、殆んど同一構造でありながら、この効果は達成されないことになるから、この場合この効果の有無ばかりで構造の類否又は考案の類否を断じ得ないものとすべきであり、又前段認定の本件登録実用新案の考案要旨と(イ)号図面のもののそれとによれば、前者では蓋及び弾性金属片を主体から取り外した後蓋と弾性金属片とを容易に分離し得るに対し後者では蓋と弾性金属片とが一本の円軸を以て蝶番結合されてある為前者に於けるほど右の分離が容易でない相違があるだけであつて、両者共に蓋及び弾性金属片を主体から取り外し得る点では何等の差異のないことが認められるから、蓋及び弾性金属片を主体から取り外し得る為掃除に便利であると言う効果も両者に共通しているものと言うべく、従つて両者の作用効果が異るから両考案が類似していないものとする原告の前記主張は理由のないものである。

又原告は(イ)号図面のものでは必ずしも主体の上面に長溝がなくても蝶番作動をすることが可能であつて、長溝はもしそれがあれば一層確実に作動する程度のものに過ぎないから、長溝を設けることは必要ではない旨主張するけれども、前記の本件登録実用新案の要旨と(イ)号図面及びその説明書に示すものとでは右長溝を設ける必要の程度に格別の相違があるとは認め難く、この点につき原告が右主張の立証として提出した検甲第二号証は上記の弾性金属片に相当するL字形金属片が主体の底面全部を覆つた上更にその左右両側及び前面まで小屈曲部を出している特殊なインクスタンドであつて、このようなものでは主体の上部に長溝がなくても蝶番部を主体の上面隅角部に保つことができるようになつていることが認められ、又同じく検甲第三号証を検するに同インクスタンドでは長溝はないが弾性金属片の強い押圧力から生ずる主体と蓋の蝶番結合部との摩擦により右蝶番結合部を不十分ながらインク容槽の一側に保持すると同時に金属片の下端の屈曲部が主体底面の鉤形傾斜面に引掛けられるようになつていることにより金属片自体を主体から脱離しないようにして長溝を設けなくても差支ないようにしてあることが認められ、従つて右検甲第二及び第三号証は共に(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドとは、蓋及び金属片を主体に保持する構造の点では全くその考案を異にしているものと解すべく、従つて之等各証拠を以て原告主張のように(イ)号図面のものが主体上面の長溝を必要としないと言うことを認定すべき資料とすることができないから、右主張も又失当としなければならない。

然らば(イ)号図面及びその説明書に示すインクスタンドは之と類似の本件登録実用新案の権利範囲に属するものと言うべく、右確認を求める被告の請求を認容した審決は相当であり、原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 高井常太郎 浅沼武)

(イ)号図面〈省略〉

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